世界で一つだけの音を作り出す職人
- 2013/6/21
- 外房版
世界で一つだけの音を作り出す職人
フルート制作者 柳沢 智郷さん
「好きな楽器を造っていればいいんだから楽しいです」と気さくな笑顔で話すのは、大網白里市にあるフルート工房『アトリエ ヤナギサワ』の柳沢智郷さん(53)。国内で単独でフルート製作を行っているのは柳沢さんを含み3人だけ。
フルートとは、古くは笛の総称。現在、フルートと呼ばれているものはドイツのテオバルト・ベームが1847年に生み出した『ベーム式フルート』であり、笛の究極の形だという。以降、現在に至るまで大きな改良は加えられていない。木管楽器に種別されているが、現在は金属製のものが主流で、金、銀、プラチナなどで造られている。最も普及されているのは銅と亜鉛、ニッケルの合金に銀メッキを施した洋銀のもの。長さ、太さによって、一番小さなピッコロから一番大きなダブルコントラバスフルートまで種類は様々。柳沢さんの工房でも全種類のフルートを扱っている。
フルートとの出会いは、小学3年生だった柳沢さんが東京の小学校でオーケストラの演奏を目の当たりにした時。「ビビッ!ときました」と振り返る。多くの楽器の中でフルートの音色だけが美しいと感じた。その頃から心の中に存在し始めたフルートを手にしたのは中学2年生。習うことは叶わず、独学で練習していたそう。そして、高校2年生の時に銀座の楽器店で出会ったハンドメイドのフルート。「こんな楽器を造りたい」強い思いから、製作者に手紙を書いて縁を作り、パール楽器製造八千代工場に就職。15年間、技術者としての経験を積んだ。
その後、1993年に知人の紹介でスイスの管楽器店へ。客にとって、楽器を購入するとともに良いメンテナンスを受けられるというのは嬉しいもの。そんな要望に応える、腕のいいリペアマンしか置かない定評のある楽器店だった。弦楽器なら弦、管楽器ならリードが発音体となり、振動して音を出す。フルートはエアリードと呼ばれ、発音体を持たず、吹き込み口の縁にあてた空気を振動させて音を発する繊細な楽器。修理に携わるのは繊細な日本人でなくてはという店のこだわりにより、柳沢さんの経験が生かされることに。
さらにヨーロッパ滞在中、友人を介してドイツのフルート造りの神様、ヘルムート・ハンミッヒを訪ね、直々に指導を受けた。「ハンミッヒ氏の楽器造りはとにかく違った。貴金属の銀を手作業で徹底的に擦って鍛え上げ、密度の高いフルートの銀に仕上げる」と熱く語る。帰国後、1997年5月に新潟県上越市で『フルート・アトリエ ヤナギサワ』をオープン。製作の傍ら、地域の愛好家約30名でフルートアンサンブル『オイレン』を結成し、演奏に携わったことも。そして2011年12月に大網白里市に移住、こだわりを持ったフルートの製作と修理を手がけている。
フルートの音にかける情熱が生み出した柳沢さんのオリジナルは『ブレイジングライザー』、『クリスタルトーン』と『アイボリートーン』。2年前に造り上げた『ブレイジングライザー』は世界初。ギターが反響板の裏面に力木を付けたことによって高い響きを得たことをヒントに、フルートの吹き口の裏面につけるライザーを従来のものに比べてフルート管体との接面が広い『ブレイジングライザー』として開発した。『クリスタルトーン』は吹き口に近い部分に入っている厚さ1の反射板に天然水晶を組み込んだもの。通常は頭部管と同じ材質の金属で造る。アイデアは30年ほど前に見た夢がきっかけで、渡欧時に知り合いの石屋に水晶の板を造ってもらって検証したところ、鳴りがよくなり、遠くまで音が届くことを実感した。『アイボリートーン』は同じ部品で象牙製のもの。象牙は音質がよくなるので、双方を組み合わせることでさらに豊かな響きになるそうだ。
フルートを製作するにあたって、一番神経を使うのは吹き口の削り方。わずかな角度の違いで音は変わる。メロディを作り出すトーンホールに接するキーも、すきまなく密着しないと音は出ない。ラフな作業は許されない緻密な世界。フルートを1本造り上げるのに要する時間は専念して約1カ月。実際には修理や部品造りもあるので、年に7本ほどの生産だという。
音楽家の家系に生まれたわけではない。自分の中に奇しくも秘められた才能と数々の巡り合わせ、フルートに対する熱い思いからくる行動力がフルートと共に歩む人生を導き出したのだ。「楽器を造るときに第一に考えるのは注文をくれた人のこと。ハンミッヒの教え通りに魂を込めて管体を磨き上げる。その人だけのために、一つずつ手作業で、まさに世界でたった一本だけのフルートを造り上げることが私の使命です。そしてその後のフルートを育てていくのは奏者の方々です」と柳沢さん。
問合せ 柳沢さん
http://atelier-yanagisawa.com/