音信山への想い

遠山あき

 田淵を故郷として住むようになってから、すでに七十年あまりになる。今はこの山村がこの上ない住みよい場所になっている。しかし、千葉市からここに住むようになった最初の頃は、心細いことと、慣れない農村の環境に馴染めず、眠れない夜が続いた。少しうとうとする頃は、もう明け方だった。朦朧とした意識の中で、夜明けの空を啼き渡る鳥の声を度々聞いた。哀調を含んだ啼き声が裏山から川を渡って向こう山へ飛び去る。じっと聞いていると、自分が淋しかったからだろうか? 悲しい叫びに聞こえて、時々は秘かに涙ぐむことさえあった。あの鳥はなんという鳥だろう? その頃、教員をしていた私は年配の先生に聞いてみた。
「テッペンカケタカと鳴くあれは、昔から短歌や俳句等に詠われている名高いホトトギスですよ。養老川の西方に続いている音信山に昔からたくさん棲んでいて、永久三年(一一一五)の頃に詠まれたとして夫木和歌抄に二首載っています。ですからその鳥は千年近くも前からいたのです。今もよく啼き声を聞きますね」
 この時、ふと思い出したのは「啼いて血を吐くホトトギス」という句だった。中国の古い話が元と言われるが、一方で、亡き母を慕って啼く、という意味もあるのだと聞いたことがある。ホトトギスには託卵という習性があって、自分で生んだ卵を温めず、他の鳥に温めてもらう。生まれたばかりの雛は、他の卵があれば巣の外へすべて蹴りだし、それを知らない仮親の鳥は、自分の子としてせっせと餌を運んで食べさせる。やがてホトトギスの雛は仮親より大きくなり、餌を食べること食べること。いくら仮親が運んでも足りずギャーギャー啼きわめく。餌を集めきれなくなった仮親は、力尽き血を吐いて死んでしまう。ホトトギスの雛は死んだ仮親を探して、泣きながら飛び回るのだと。
 哀れな話だと心が痛んだものだ。そこで、我が子の存在が煩わしくなって餓死させてしまう人間の実の親もいることに思い至った。複雑な想いに襲われて、感慨深くホトトギスの啼き声に聞き入った。

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