しゃべる機械
- 2013/7/5
- 市原版

しゃべる機械
文と絵 山口高弘
自動販売機でジュースを買おうとした時でした。「お疲れさま。商品を選んでね」。女の人の声で自動販売機が喋りました。びっくりした。急に言われたけれど、ねぎらいの言葉なら機械の声でも嬉しい。200円を入れて、120円のものを選びました。チャリンチャリン、お釣りの80円は、いちいち全部10円で返ってきました。50円玉が良かったのに。自動販売機が元気な声で言いました。「お釣りを取り忘れないでね。行ってらっしゃい」。取り忘れそうなお釣りを出したのは誰だよ、思わず販売機に喋ってしまい、機械だと気づきました。
僕らの身の回りは、『話しかける機械』だらけです。「ETCカードが挿入されておりません」「目的地に到着しました」「もうすぐお風呂が沸きます」。広げれば、テレビもラジオもオーディオも、携帯電話だって、『喋る機械』。無機物でも声があれば人間味を感じられる。「傘を持ってお出かけ下さい」。テレビが言う。文明よありがとう、行ってきます。
日曜夕方のショッピングセンターの、たまたま立ち寄った手洗い所で、奥の個室から小さい子供の声が聞こえてきました。他には誰もいなくて、父が子を着替えさせているようでした。子供は一人で嬉しそうにはしゃいでいました。「俺ね、5歳にもなるし、6歳にもなるし、10歳にもなるんだよ!すごいでしょ」
そうだ、すごいよな。星に願いなんかしなくても、その気になればお金持ちにも好い人にも悪い人にもなれて、おじいさんにもなれるし、誰かの思い出にもなれるんだ。僕は心で同調しました。父子の会話は続きます。
「俺ね、お父さんみたいになりたいんだよ」「そうか?」「だって、携帯もってるじゃん!」
携帯電話も、子供には魔法の道具なんですね。けれどもその好奇心は、機械じゃ作りだせない。僕にはそのちびっこが、人生の先輩に思えました。