知っている

文と絵 山口高弘

 知人に週末の荒天を教えられて、「ああ知ってるよ」、つっけんどんに返してしまった。さっき僕も天気予報で見たのです。僕は後悔しました。たまたま先に知っていただけなのに、誰でも知りうる情報を、自分の持ち物みたいに示してしまった。ごめん、と謝りました。
 情報には価値があるから、知らないよりは知っている方がいい。たぶん太古の昔から、そしてこの現代だからこそ、なおさら。けれどそれをいいことに、「知らなかったの?」と得意顔で、相手よりほんのわずかでも優位に立とうとしてしまう人間の心。ちっぽけだ。ノロノロ運転の車を意味もなく追い抜いて、一瞬だけ勝った気になるのに似ている。
 風がまだ少し冷たい夜。本屋の駐車場でばったり弟夫婦と会いました。弟の腕の中で赤ん坊が、なかなか寝付けないその目をぱちくりさせている。僕が話しかけると、にい、と笑顔になって恥ずかしそうに顔を背けました。知らないことだらけの赤ん坊。これからどんな事を知らせていこうか。
 大雪の日に、弟夫婦は大きな雪だるまをこしらえて、赤ん坊と記念写真を撮りました。部屋に引き上げ暖をとっている、そのわずかな間に雪だるまはなくなりました。通りすがりの悪ガキたちが、いっせいに砕いてしまったのです。残ったのは雪だるまの土台、そして、瞳だったペットボトルの蓋でした。こんな話も、知らせる時が来るのかな。にい、と満面の笑顔で応じる赤ん坊に接していると、「まだまだ先の話だな」と思います。
 帰宅すると、犬が鼻を鳴らしてすり寄って来ました。雪の中でぶるぶる固まっていた体が、最近はよく動く。立派に花粉症みたいなくしゃみもしている。きっと本当に「知っている」のです。人間が気づくよりも早くから、春になっているよ、と。

関連記事

今週の地域情報紙シティライフ

今週のシティライフ掲載記事

  1. 【写真】スパリゾートハワイアンズ・ウォーターパーク ●千葉県立美術館開館50周年記念特別展「浅井忠、あちこちに行く~むすばれる人、つながる時…
  2. 【写真】五井小の歴史をたどるスライドショーの冒頭、紹介する子どもたち        昨年と今年は、創立150周年を迎える小学校が多数ある。1…
  3.  冬の使者と呼ばれるハクチョウ。シベリアなどから北海道を経由し、冬鳥として日本へ広く渡って来る。近年、地球温暖化の影響で、繁殖期と越冬期が暖…
  4. 【写真】坂下忠弘  来春3月2日(日)、市原市市民会館・小ホールで開催される『いちはら春の祭典コンサート2025』。市原市…
  5. 【写真】千葉県立中央博物館・御巫さん  11月24日(日)まで、千葉県立中央博物館で開催されている『二口善雄 植物画展』。…
  6. 【写真】川口千里(左)、エリック・ミヤシロ  日本を代表するトランペット奏者、エリック・ミヤシロを迎え、いま最も注目を集め…
  7. 【写真】うたと語り「今、この町でこの歌を」  毎年、夏に開催される『市原平和フェスティバル』。平和への祈りとメッセージが込…
  8.  今回は「映画音楽」特集の第1回。良い映画では必ず、音楽・主題歌が感動を与えてくれます。テレビCMでも使われる名曲もあり、何処かで聞いたこと…
  9.  3つの窓が並ぶカウンターはケヤキの一枚板。絵本コーナーは小上がりになっていて、壁際の本棚の横には籐の椅子。マンガが並ぶ2階の屋根裏へは細長…
  10. 【写真】布施知子《二重折りのヘリックス》2018  市原市不入の市原湖畔美術館にて、企画展『かみがつくる宇宙―ミクロとマク…

ピックアップ記事

  1. 【写真】五井小の歴史をたどるスライドショーの冒頭、紹介する子どもたち        昨年と今年は、創立150周年を迎える小学校が多数ある。1…

スタッフブログ

ページ上部へ戻る