先人が生み出した用水路を守るために、現代人ができることとは

秋の養老渓谷で自然を満喫

 10月23日(日)、夷隅郡大多喜町の養老渓谷で開催されたのは、NPO法人大多喜みらい塾主催の『先人の足跡を訪ねて品の川用水探訪』。参加者13名は町内外を超えて集った小学生から大人まで様々な年齢層。みらい塾の塾長である上治信さんは、品の川用水の取水口から用水路終点まで全長6㎞が示された地図を配りながら、「台風14号の影響と思われますが、水路には木片や泥が溜まっています。地元の方と一緒に作業を頑張りましょう」と声をかけた。
 午前9時半に大多喜町小田代にある養老渓谷観光センターやまびこに集合した参加者達は、数台の車に分乗して取水口付近まで山道を上る。軍手をはめ、長靴を履き、ヒル対策に防虫スプレーを散布して万全の装備。日差しも穏やかで気温も20度前後、見事な秋晴れだ。
 品の川用水は明治1011年にかけて小田代村(現大多喜町小田代)に生まれた中村伝治が私財を投じてつくった用水路である。小田代村は山間部に位置し、水田も少なかった。伝治の祖父である中村太左衛門は養老川上流の品の川を堰止め、それを田畑に流す用水として利用することを考え、測量や設計を終えたにも関わらず、計画途中で病死してしまった。その意志を継いだ伝治は、粟又・小沢又・面白・小田代の4地域から集った発起人と共に工事を開始。だが思いのほか工事は難航し、費用もかさんだため脱退する人が続き、最後は伝治1人になってしまったという。だが、遂には用水路のおかげで周辺17haもの水田が潤い、人々の暮らしの向上に役立つ水路となったのだ。
 道路上から斜面を下りると、品の川が穏やかに流れている。石の上や川の淵に目星をつけて、足元に注意を払いながら上流から歩き始める。途中、「動物の骸骨を発見しました」と声が上がると、「キョンかな。前歯がないからシカかな?」と参加者達も一様に覗きこむ。取水口に到着すると、まずは堰止めをはずす。用水路の付近には、木片や泥以外にも草木が生い茂っている。数メートルの長さがあるトンネルの中にくぐり、各自スコップを持って泥をかき出していく。取水口では年に2、3回のペースで同様の作業は地元の人々で行われているが、当日集った人数と体力のおかげで作業は順調に進んでいく。「砂に潜ってしまった木屑を取るのはひと苦労なんですよ。みなさん、きっと明日は筋肉痛になってしまいますね」と言うも、あちこちに付いた泥は努力の証!水が滞りなく流れて行く様子を確認してから、参加者達は笑顔で再び川をくだり始める。
 サワガニや大人の片手ほどもあろう大きなカエル。シカやイノシシの足跡、小さな糞にまでお互いが声を掛け合い発見する。周囲に広がる森の途中には天災の爪痕と思われる箇所もあったが、「雨が降った後には、ここから大きな滝が流れているんだよ。今日は出ていないね」と聞けば残念がり、足を止める。市川市から両親、妹と訪れた小3の男児はカメを手に、「とても楽しかったです」と満足そうだ。船橋市から参加した小学校の教諭は、「先日、授業で子ども達にダムの造り方を教えました。機械じゃないとできないよって話したんです。でも、この用水路は人の手でこんなに長い距離を立派に造られていて驚きました。いい勉強でした」と語った。
 米本郁徳さんは、「ゴミの溜まる場所は月2回ほど定期的に管理、掃除していますが、雨が多いと大変です。がけ崩れにも繋がりますし、大きな流木が森から川へ落ちています。普段から怪我人を出さないように配慮しています。なにより秋が来て、稲の収穫がきちんと終えられると嬉しいですよね」と話した。途中、数カ所のトンネルや用水路で足を止めて作業を行い、全員が約3時間半かけて目的地点まで歩ききった。観光センターに戻った一行は、昼食を食べて解散!心地良い疲労感に襲われながらも、清々しく帰路に着いたのではないだろうか。
 大多喜みらい塾では、12月3日紅葉ナイトハイクを計画中。ナイトハイク中に色々な野生生物に出会えるかも!?詳細は問合せを。

問合せ NPO法人大多喜みらい塾
TEL 0470・62・6989

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