「きっとこの場所にくることは決まっていた」

「きっとこの場所にくることは決まっていた」
馬頭琴奏者 美炎さん

馬頭琴奏者 美炎さん

 八街市在住の馬頭琴奏者である美炎さん(37)が、自宅リビングにある洒落た薪ストーブの前で、愛用の楽器を愛しそうに撫でる。馬頭金とは先端が馬の形を模した棹と四角い共鳴箱、そして2本の弦で作られている。弦と弓は本来馬の尻尾が使われるが、日本の湿気や舞台でのライト、チューニングでの音の低さを考慮してナイロンを使用するものもある。
 美炎さんが馬頭琴に出会ったのは18歳の時だった。物心が付いたときからなぜか馬の風貌に惹かれ、小2の時国語の授業で学んだ『スーホの白い馬』に登場する馬の魂が潜んだような楽器に巡り会ったのは必然といっても過言ではない。縁がありモンゴルの地を訪れた美炎さんは馬頭琴の虜となった。「モンゴルは冬にマイナス30度、夏は昼間暑くても夜は寒い。国柄が好きで日本との往来が続き、長いと数カ月滞在することも。本気で始めたのは23歳の頃。ちょうど子育てをしながらの自分の立つ位置に疑問を覚え始めていた」という美炎さんは、当時の想いが溢れるように次々と言葉を繋げた。
「誰にも認めて貰えていない気がした。子どもの頃から一つの仕事を見極めて没頭したいという願望があったのに成し遂げられない。何をしたいのかも分からずじれったかった」。馬頭琴を真剣に学ぼうと決意。五線譜には書き写せない演奏技術を、演奏者の指元を見て真似した。現地で、音楽を勉強するのに言葉はあまり必要ではなかった。「演奏するために必要な音感は3歳からヴァイオリンを習っていたことが役に立った。プロではない、アマチュアなのに上手く弾けることが楽しかった」というが、練習量は相当だったのだろう。弦を弾くための2本の指の第一関節には大きなタコが勲章として残っている。当初は皮膚が破れ、白い弦が血で真っ赤に染まったという。
 くるくると変わる表情が一層真剣味を帯びた。「だが、満足は出来なかった。プロになりたいと意志を固め、どうしたら個性を出せるのか考えた。モンゴルの民謡ばかり弾いていたが、日本人だから、女性だから、クラシックを知っているからこそ出せる音を追求しようとした。作曲を続け、結果的により幅広い音を出せるように。舞台でもお客さんが喜んでくれるようになり、それが自信になった。プロになった当初は自分で足かせをはめ、決して間違えてはならないと息苦しさを感じたこともある。それでも、ピアノやギター、ベースやパーカッションと誰かと演奏すること、違う楽器との共存に未知の世界が見えたようで興奮した」と話す。
 2012年4月に『ホワイトバッファローの伝説』CDリリースをした。現在は日本各地での演奏や作曲活動を行い、映画『13人の刺客』音楽に参加した経験を持つ美炎さんが、馬頭琴と出会ったまさに18歳の自分に言葉をかけるとしたら何と伝えたいのか。「馬頭琴と共にこうして充実した日々を過ごせるようになるとは思っていなかった。ここまで右往左往したけれど、放って置いてもきっと同じ場所にたどり着いたはず。今の音は、人生すべてにおいて辛かったことや苦しかったことを味わったからこそ出せるもので、それが強みになっているはず」と迷い無く言う。
 田舎暮らしをしたかったという美炎さんの家の前には馬が走り回れそうなほどの草原が広がる。秋にはすすきが綺麗だというそこに響き渡る馬頭琴の音色が、まるでモンゴルにいるのではないかという錯覚に引きずり込んでくれる。リズムの変化で馬の足音や大地、風の音を感じることができ、棹の先端にいる馬が誇らしげに周囲を見渡しているようにも見える。「音色はチェロや津軽三味線に似ている」という美炎さん。
 都内渋谷区桜ヶ丘町にある宮地楽器MUSIC JOY渋谷で、月3回の個人、及びグループレッスンの講師を勤めている。現在体験レッスンも随時募集しており、大自然の響きを実感できるモンゴルの伝統楽器に触れてみるのも、とても魅力的かもしれない。
 

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