君津から上総湊へ 鎌倉古道を歩く

 4月8日、戸田ミュニティセンター主催事業の南房総ハイキング『鎌倉古道』が行われた。講師は鋸南町に住む千葉県山岳史研究会の川_勝丸さん。市原市皆吉に住む同会の増田勝さんがサポートをした。鎌倉古道とは関東各地から鎌倉幕府に武士が駆け付けた道のこと。川_さんによると「尾根筋を直進する道が多く、江戸時代も『房総往還』として利用されたらしい」とのこと。
 同センターでバスに乗車した総勢55名は君津駅で川_さんと合流し、小糸川にかかる釜神(かまがみ)橋を渡った所から歩き始めた。上湯江(かみゆえ)の『三舟山』とある道標から狭い切通しを抜け、分岐点で古道と並行して走るハイキングコースを進む。眼前の船をふせた形の三舟山を目指し、散り始めた桜や柔らかな新緑が囲む広大な畑を横切る道。清々しい風景に参加者は「きれいね」とこれから歩く行程に期待を高めた。
 三舟山に突き当ると、うっそうとした林となる。『房総往還』の木標に導かれ進むと君津と富津の境を示す『千葉懸上総国君津郡貞元村』と刻まれた細い石柱、徳川吉宗の時代の石仏や昭和初期の石柱が出現する。さらに進むと、これから歩く佐貫方面を示す『さぬ起(き)みち 一り半』と彫られた弘化3年(1846)の石標に出合う。川_さんの「これが房総往還の証」、「馬がすれ違える幅だった」などの解説を聞くと「今なら国道かな」と昔に思いを馳せるように参加者がつぶやく。枝を払い先頭を行く川_さんのジョークに励まされ、イノシシが体に泥を塗るヌタ場や『さぬき道 一り』の道標を経て、ようやく明るい舗装道路に出た。
 左に下ると相野谷(あいのやつ)に出る。今は田畑なのだが昔は泥湿地だった。「戦国時代、わずか3千の里見軍が、三舟山に陣を構えた北条氏の1万の大軍を相野谷におびき寄せ大勝した古戦場だった」そうだ。神妻集会所にて、郷土史を研究する地元在住の小川宏一さんに古道の話を聞き、昼食をとった。
 再び、江戸時代の道標を確かめつつ、桜の舞うなか、のどかな民家と水田の間を進む。百坂(ももさか)自治会館脇の六地蔵を見学後、頼朝軍が駆け抜けたという百坂から峠道を通り、火の神様を祀る秋葉神社鳥居前に到着する。説明板などはないが、農家の納屋のあたりが茶屋跡。「大正頃まであった」という。
 国道127号線に出ると形から亀城とも呼ばれる、緑に覆われた佐貫城址が見える。城下町だった佐貫の街並も楽しみ、1300年前の創建から多くの人々の信仰を集めた鶴峯八幡神社へ。終着点の上総湊港海浜公園に向け、新舞子浜海岸や三浦半島を遠くに望む別荘地を通ると疲れた足どりも軽くなる。参加者は「登山が好き」、「房総半島を一周した」など話す健脚揃いばかり。18キロを完歩し、晴れ晴れとした表情でバスに乗り込んだ。

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