【睦沢町】時空を超え、彫刻に恋をして 睦沢町立歴史民俗資料館 山口 文さん

 長生郡にある睦沢町立歴史民俗資料館に勤務している山口文(あや)さんは、今年1月に『冨士桜~江戸彫物研究会』を立ち上げた。その会の目的を、「寺社彫刻の作品に触れて知識と見識を広め、仲間と一緒に学んでいきたいから」と、山口さんは話す。そして、「会の名前は、日本の象徴的な存在であり、皆から愛される富士山や桜のように彫刻も愛され、楽しんでもらいたいという願いからつけました。私は島村圓鉄(えんてつ)の彫刻をこの上なく愛しているのですが、発見されている作品自体が少ないです。革新的な波の造形で有名な波の伊八から遡ること100年ほど前に存在した方ですが、生存年数など詳細は未だ不明です」と、続けた。

 山口さんは、生まれも育ちも夷隅郡御宿町。埼玉県内にある大学の文学部英文学科に進学した。サイクリング部に所属し、合宿の際には自転車10キロと着替え、キャンプで使用する鍋類を持って日本全国を走り回ったというアクティブさ。大学時代に学芸員の資格を取得したのだが、史学科ではなく英文学科に進んだ理由は何だろうか。「ずばり、英語が嫌いだったんです。克服したかったのかもしれませんが、卒業まで苦労しました。でもその経験は生きていて、館内のイベント時、たとえば戦後のGHQの文書を訳す時など調査に厚みが出ます。日本語訳から入るより、当時の外国人の気持ちをそのまま感じられるからです」との回答。そして、「卒論はポール・オースターというアメリカの小説家・詩人でした。彼の詩の独特な言い回しや韻の踏み方に心惹かれたんですね」という山口さん。自分の心の内を開示することを躊躇わず、人の心も汲み取ろうとする素直さ。しかし、ちょっぴり人とは路線の違うものを好きになるのは小さい頃からだった。「幼少時は友達と走り回るより、日々家の近くの海岸で貝殻を拾い、色ごとに種別していました。自分が好きだと思ったらとことん一途で、島村圓鉄はその1つであり最大の魅力です」と、熱く話す。

  山口さんが圓鉄と出会ったのはおよそ10年前のこと。大学卒業後は介護職に就いたものの、体調を崩したこともあり実家へ。療養した後、偶然発見した同館の募集に応募した。そして、勤務を始めて数ヵ月後に開催した企画展『彫刻の諸相』で首のない鳥の彫刻に出会ったのだ。一言に彫刻といっても、作者によって特徴は大きく異なる。龍の顔や荒々しい波、こぼれおちてきそうな果実など。そんな中で、山口さんは首のない鳥に興味が湧いた。「とても美しく見えたと同時に、なんの鳥だろうと考えました。調べたら孔雀と鳳凰が対になるものだったんですが、その躍動感や大胆さ、それでいて丸みを帯びた優しさ。作品だけでなく、次第に圓鉄自身に興味が湧きましたね。涙袋まで表現する仕事への几帳面さ、ブレない技術が大好きです」と話す山口さんは、まるで時空を超えて恋しているようだった。

仕事=情熱は可能か

 

 山口さんと共に約10年間、同館で働いている職員の久野一郎さんは、「彼女は天才的。仕事を頼むと必ず120%の力を出してくれます。企画展を開催する時にも、手間や時間が何倍かかることでも厭わずやる。そして、それを普通だと言う。作品の並びやガラス窓、作品説明の札が綺麗に整っているという、恐らく当たり前のことを彼女が成し遂げた結果、7年間で館内来場者は2・5倍に増加しました。また目の付けどころも良い。彼女が圓鉄に見惚れた理由は分かるし、『冨士桜~江戸彫物研究会』の活動も応援しています」と、絶賛する。

 島村圓鉄の作品と判明しているのは、千葉県成田山新勝寺光明堂や三重の塔、睦沢町の西照山光福寺本堂欄間や市原市の光厳寺(こうごんじ)不動明王坐像など。同会では、2カ月に1度のペースで活動しながら、県内に限らず作品を探求していく予定。「私の仕事は資料館に限らず、公民館のお手伝いや文化財の保護事業などもあります。学芸員、そして町の垣根を越えてサポートし合う体制です」という山口さんだが、なにより仕事をしていて嬉しかった出来事は、「やはり圓鉄に会えたこと」だとか。

 

そんな彼女が、圓鉄に実際に会えたら何を伝えたいのだろう。「私が生きている間に、少しでも多くのあなたの作品をこの世に出してあげるね、と言いたいです」と、素敵な笑顔。
 「10年後、どれだけ彫刻を広められたかと未来の自分に問いたいです。丸い心で素直に物事を捉え、感動して生きていきたい」と話す山口さんは、きっと今日も歴史民俗資料館で輝き続けている。
問合せ:睦沢町立歴史民俗資料館
TEL.0475・44・0290

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