言葉はいらなかった
- 2013/11/22
- 市原版
言葉はいらなかった
遠山あき
私の家の田んぼにインドの男女が五人、通訳の女性のひとに連れられてやって来た。「来年のアート・ミックスの行事に使う藁が欲しい」と貰いに来たのだ。どうせ刻んで田へ入れる藁だから、快く承諾した。
黒く輝く肌の男性二人、濃い茶色の肌の小柄な女性三人が、はにかんだように笑って挨拶した。刈った稲藁は田に広げて置いたからよく乾いている。見ていると誠に器用に手早く束ねる。私たちの束ね方とは違う。珍しい。束ね方を知りたいと思った。「教えて」と傍へ行って頼んだ。もちろん日本語だ。私の顔を見て彼女は首を捻った。手まねで束ねる形をした。頷いた彼女はゆっくりとやって見せてくれた。
うーん。分からないと言って首を振ると、彼女は困ったように首を捻った。藁束を指して「もう一度」というとたちまち納得! 私の手を取って丁寧に教えてくれた。彼女の手は温かく乾いていた。知りたい私に教えてくれようとする気持ちがじーんと伝わってくる。飲み込みの悪い私に繰り返し教えてくれる。子供にかえったように私はインドの女性の仕草を真似た。二度、三度、どうやらできそうだ。
「自分で」と言って私はやってみた。できた! 彼女は手を叩いて嬉しそうに笑った。彼女の手を握って私もぴょんぴょん跳ねた。並んで束ね始めた。後ろ向きに束ねて進んだので、とうとう彼女とお尻の鉢合わせをしてしまった。「あっ」と言って私は彼女の背中を叩いて笑った。彼女も手を叩いて笑った。二人の気持ちがその時一つになった。
夕方になって皆帰ることになった。私はカメラを取りに走った。皆と一緒にパチリ、彼女と並んでパチリ。名前も知らない、会話もできなかった、でもなんだか長い間の友達のような気がして、私はふと涙ぐんだ。急いでカメラを入れていた袋を取りだした。手作りで花模様が刺繍してあり綺麗で私のお気に入りだった。これを記念にあげようと思う。
彼女の手に押し付けると、いぶかしげに私の顔を見た。「あげます、お礼に」とお辞儀すると目を丸くして「ほんと?」というように首をかしげた。手を握るとポッと赤くなって嬉しそうに袋を胸に当てて微笑んだ。二人に言葉は要らなかった。