市原では前例のない市民による廃校活用に挑戦
- 2013/12/27
- 市原版
市内で唯一現存する木造校舎の保存と活用を目指して
市原では前例のない市民による廃校活用に挑戦
内田未来楽校(報徳の会)
市原市米沢の交差点から国道409号を茂原方面に走り間もなく宿という地区に入る。その地名から分かるように、かつては宿場町だった。賑やかなバイパス沿いの牛久の街と、さほど離れていないのに広がる風景は一転し里山を背に民家が点在している。隣接する内田地区には山椒魚やゲンジボタルも生息する豊かな自然が残る地域だ。内田簡易郵便局の横に入る道を行くと、旧内田小学校の校舎が建っている。昭和レトロの趣がある平屋建て瓦屋根の木造校舎だ。
1928(昭和3)年に建設された築85年の建造物。市原市内で唯一残る木造校舎で、1965(昭和40)年、同校が現在の内田小学校(元内田中学校)へ移転するまで地域の子どもたちが通学していた。旧内田小学校の敷地は、江戸時代、軍事・交通の要衝として陣屋(今でいう役所)が張られていた。その後、学校として活用された。
廃校後、民間に売却され工場となったが、火災で2棟あった校舎の1棟は消失してしまった。その後、残った1棟は倉庫兼作業場として使われていたが、工務店の廃業により、2012年末、土地は売却されることに。そうなると校舎も取り壊されてしまう。そこで「内田地区の財産でもある旧内田小学校木造校舎を保存・活用し、地域の未来を託そう」と立ち上がり、土地所有者と交渉を始め昨年5月『内田未来楽校(報徳の会)』を設立したのが、常澄良平さん、舘上敏一さん、土橋隆昭さん、星野鴻一さん、征矢繁義さん、鶴岡清次さん、小出和茂さんたち7名の皆さんだ。
「二宮尊徳が説き広めた報徳の教えは、私利私欲に走るのではなく、社会に貢献すれば、いずれ自らに還元されるというもの。内田地区は報徳の教えにならい、学校の建設などは地域住民の勤労奉仕や資材提供により行ってきたという伝統がある。報徳の会としたのは、この精神と伝統を引き継ぎながら、先人たちが子どもたちの将来を託した木造校舎を、再び地域住民の力で復元・活用し、次世代につなげる活動と地域活性化に取り組んでいきたいと考えて、子どもからお年寄りまで、すべての人の笑顔があふれる『楽校』で誰もが交流する拠点にしたい」そんな想いを込めて名付けられた『内田未来楽校(報徳の会)』。現在、会員数は内田地区を中心に周辺地域の20代と50~60代の男女約60名。
設立後、毎月『内田未来楽校たより』を発行し、その月と翌月の会主催行事予定、校舎内外の紹介や地域の自然を取り上げたり、校舎を修繕した報告などを掲載している。これまでに行った行事は、『ラジオ体操で健康づくり』、『ゲンジボタルと遊ぶ』、『内田の昔話』、『ザリガニ釣り』、『名作映画会』、『古道と歴史探訪』等。中でも人気があったのは、『メダカの学校訪問・内田の新米を食べよう』。谷津の休耕田を活用したビオトープで、参加した子どもたちは網でメダカやドジョウをすくったあと記念撮影。校舎に戻り内田の新米で作ったおにぎりを食べた。
そして今までで最も参加者が多かったのは、昨年11月30日(土)に行われた『イノシシと戦う!』。定員を大きく超える70名以上の老若男女が参加した。
近年増え続け、市原南部から北部にまで出没するようになったイノシシ対策の講義と、市原市猟友 会の三橋さんが提供したイノシシ肉を使ったイノシシ汁を味わおうという行事だ。
三々五々に会場である旧内田小学校に集まる人たち。内田未来楽校の会員の皆さんによって蘇りつつある学舎(まなびや)は、たくさん置かれてあった工務店の機械や資材も片づけられ、懐かしい板の廊下やガラス窓も磨かれ、教室の隣にある和室は腐っていた床の根太(床を張るために必要な下地)も入れ替えられていた。廊下を走り回る子どもたちの歓声や校舎の周りで遊ぶ子どもたちの笑顔に、目を細めて眺めるお年寄りの方々。半世紀以上前の自分たちの姿をそこに見ていたのだろうか。
講義の始まりを告げたのは、事務局長の小出さんが振り鳴らした呼び鈴。昔、学校で使われていたもの。錆びを落とし復活させた。講師は市原市経済部農林業振興課の職員2名。会場には、猟友会の三橋さんが持ってきた有害鳥獣の一部、イノシシやハクビシン、アライグマ、タヌキなどの剥製が展示された。まずは、公用で欠席した常澄良平会長に代わり、副会長の征矢繁義さんが挨拶。講義はスクリーンや千葉県が作成した冊子『千葉県イノシシ対策マニュアル』を使い質疑応答を含め1時間半以上に及んだが、大人はもちろん子どもたちも、講師のわかりやすい説明に熱心に耳を傾けた。あらためて地域をあげてのイノシシ被害対策の大切さを理解できたようだった。
講義終了後、今年3月21日から開催される『中房総国際芸術祭いちはらアート×ミックス』の会場のひとつとなる、この校舎で作品を制作し展示するアーティスト2名の紹介と挨拶が。松戸市在住の大成哲雄さんは、地域と関連した現代版仮称『養老百鬼夜行』を表現する。さいたま市在住の瀧澤潔さんは、ワイヤーハンガーによるハンガーウオールとTシャツを利用したランプシェードを。2人とも越後妻有の『大地の芸術祭』にも出展した。
その後、皆さん、お待ちかねのイノシシ汁。イノシシのモモ肉とハラミ、地元産の野菜がふんだんに使われた汁と、直火炊きの内田の新米が盛られたごはんに、「イノシシを食べるのは初めてだけど美味しい!」、「この少しオコゲつきの炊きたてごはんが最高」と皆、満面の笑顔で舌鼓を打った。尚、多くの人が「旨いから汁も全部飲んじゃう」と言ったのは、イノシシ肉から出たダシに加え、採れたての地元産野菜や米沢の森で調達したヒラタケが「いい味」をだしていたからか。それとも、米を炊き汁を作ったのは、米沢の森でのイベントで活躍する『豚汁ガールズ』のメンバーだったからか。ちなみに、今回の行事名を『イノシシと戦う!』としたのは、「イノシシの習性を知り学び(敵を知る)、イノシシを食べちゃおう」という企画のため。
『内田未来楽校(報徳の会)』の征矢副会長と小出事務局長は、「築85年の校舎からみれば、まだ始まったばかりの私たちの活動はひよっこみたいなもの。5年後を目途に土地を買い取る約束を地主としているので、賛同者からの寄付や各方面の補助金、また計画している朝市などの活動で得たお金で買い取り資金に充てたい。圏央道が開通しアート×ミックスも始まる今がチャンスだと思う。まさに『今でしょ!』ですね(笑)。ここを訪れた人たちが、内田の人は皆あたたかいと感じてもらえるよう、『おもてなし』の心を大切にしていきたい。同時に、アート×ミックスの会場で公共施設でなくトイレがないのはここだけ。開催に間に合うようトイレは設置されるが、費用の4分の3は県と市が負担してくれるものの、残り4分の1は私たちがつくっていかなくてはならない。色々な企画のアイディアはあるが実行に移せていないので、試行錯誤しながら挑戦していきたい。身近に前例がないことだけに、自分たちの廃校活用が他の地域の皆さんの先行事例になればいい。アート×ミックスが終了したあとも、アーティストたちの制作・展示を継続してもらえたら」と語る。
問合せ 内田未来楽校・小出さん
TEL 090・2661・5567