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エレベーター
- 2017/2/24
- 市原版, シティライフ掲載記事
文と絵 山口高弘
ホテルの窓から海が見えます。南太平洋、オーストラリアの夏の海です。緑の島々が真っ青な海に浮かんでいて、眼下にはヤシの木に囲まれた湾がありました。
縁あって昨年末に結婚し、僕、というか僕らは、新婚旅行に来ていました。ハミルトン島という離れ小島。日本でいうと神奈川県の葉山のような、静かで落ち着いた海辺のリゾート地です。
僕も妻も、ひたすらボーッと過ごしました。昼は天国のような白い砂浜で寝転んで、水着の上にパーカーを着て散策し、夜は満月を波の上に眺めました。世界各国からの観光客たちは、互いを意識することなく思い思いに安らいでいました。大きな自然の前では、人種も国籍も意味をもちません。
ある夕方、僕らは出かけようとエレベーターに乗りました。南米ふうの観光客が中にいて、「開」のスイッチを押していました。アジア人の僕らが入ったあとに、西欧の白人女性が乗り込みました。でも、廊下から子供の声がする。「待ってよぉ!」女性は苦笑いしながら、エレベーターを開けている人に「閉めていいわ」と言いました。と、間もなく、小さな男の子が片足でぴょんぴょん飛び跳ねながら「間に合ったよママ!」と乗り込んできました。もう片方の靴を手に持っています。続いて父親が、その子の弟の手を引いて、申し訳なさそうに乗り込みました。やんちゃな『お兄ちゃん』は、靴が履けないまま出発の時間になってしまったのです。エレベーター内の小さな世界で、温かい笑いがおきました。
いつか自分が子供をもったら、と想像しました。きっと僕は、妻や子が乗り込んだエレベーターに、最後に片足でぴょんぴょん跳び乗るような父になるんだろう。妻は僕をチラッと見て、笑いをこらえていました。
☆山口高弘 1981年市原生まれ。小学校4年秋から1年半、毎週、千葉日報紙上で父の随筆イラストを担当し、本紙では97年3月からイラストを掲載、06年から本連載を開始。
「今年も温かい場面にたくさん出会い、イラストとエッセイでお伝えしてまいります。よろしくお願いいたします」