夫婦で「開拓」した牧場で、2頭の愛馬とともに

市川哲也さん 粧子さん

 海からの吹き抜ける風に、サラブレッドと木曽馬が心地よさげな表情を見せる。アーリーアメリカン調の厩舎と、2頭それぞれ専用の放牧場…。標高100m、勝浦市貝掛の田舎道を進むと、周囲とはまるで異なる雰囲気の「カツウラ・ホース・ファーム」に目を奪われる。市川哲也さん(65)、粧子さん(56)が第2の人生を送るべく『開拓した』一画である。
  市川さん夫婦は2014年に埼玉県志木市から移住してきた。本田技研工業で、粧子さんは設計部門、元モトクロスライダーの哲也さんはレース部門(チーム監督)に所属しており、夫の定年退職を機に粧子さんも早期退職。
 「私は馬と一緒に暮らしたかった。釣りが趣味の主人は、夏はアユ釣り、冬は海釣り。勝浦はそんな二人の夢を同時に叶えてくれる絶好の地でした」。2反分の田んぼを埋めた荒れ地700坪は、こうして馬2頭、犬3匹、猫、鶏たちが賑やかに駆け回る牧場に変貌した。
 粧子さんは乗馬歴25年。「娘が8歳の時、乗馬をやりたがったので隣町の乗馬クラブに連れて行き、ただ待っているのもつまらないので一緒に始めたんです。そしたら私の方が夢中になってしまって毎週土日、ゴールデンウィークで9連休あったら6日は乗馬」
 乗馬の魅力について、粧子さんは「パートナーが道具ではなく、生き物だから」と語る。中型免許を有し、女性グループで頻繁にツーリングに行っていた粧子さん。「ローギアから徐々にあげていけるバイクと違い、馬はいきなりトップギアだったり。動け、止まれ、と単に指示しても聞いてくれない。当初は『どうして?』と切ない気持ちになってたけど、結局それは指示の仕方が悪かったから。
 言葉じゃなくて感情のぶつかり合い。馬と対峙するなかで心が通い合うことを体得、『折り合いをつける』ことができた瞬間の喜びは大きい。その積み重ねでどんどん夢中になったのね」。競技会に向け、一か月前から馬の調整を重ね、乗った後もケアが必要とのことだが「モノではないので、例えば膝が少し痛そうだなとか常にじっくりみてあげないと。馬だってお灸するのよ。そんな色々な労力も含め楽しくて」
 自馬を持ったのは、乗馬を始めて3年後だ。「初めはポニーに乗っていた娘もそろそろ大きい馬に乗れるようになったし」。当然、馬の購入後は、馬の預け代、母子がクラブに行かない平日の馬のケアの費用が発生する。「確かに、馬を持つってお金かかります。でも、自分で世話をするようになってそれも納得。ものすごく手間がかかるから」

社会貢献も視野に

 現在の馬は、サラブレッドの「ポッシー」(弟ディープインパクト、父サンダーサイレンス)、木曽馬の「カイ」(貝掛の地名から命名)。お金がかけられない分、手間をかけるという粧子さんは、日課として丁寧に厩舎を掃除し馬体をブラッシング。「馬は臭いと思われないように」。ちなみに、毎日、厩舎にたっぷりと敷かれるオガクズは4か所の製材所に直接かけあってもらい受ける。オガクズは産業廃棄物に定められており製材所にとっても引取手があれば好都合。「ボロ(馬フン)は肥料として近所の農家に持っていきます。すると、野菜になって帰ってきます(笑)」。そして食事は1日4回(犬は2回)。草食動物の食事はDNA的に少量多回(肉食動物に追いかけられた際、満腹だとすぐ動けない)、できるだけ自然に近い状態で育てたいという。
 そんな馬たちの厩舎(延床面積30坪)、放牧場の柵、馬のケア場(温水シャワー)、鶏舎etcすべて市川さん夫婦の手作り。実は、哲也さんのもう1つの趣味は日曜大工であり、厩舎の骨組みのみ知り合いの大工に「安い日当でお願い」した以外は、コンクリ打ちから壁、天井張り、ペイント等々、粧子さんを助手に全て自らの手で作り上げた。「残土で埋められた土地だったので、大きな石がごろごろ出てくる。馬の脚によくないから、掘って岩の塊を全部取り除いて、重機でならしていきました」。なお、肝心の夫婦の住まいは目下のところトレーラーハウス。これから哲也さんが母屋を建設する計画である。
 誕生から4年。地元に根付き始めた「カツウラ・ホース・ファーム」は、小学校の校外学習の受け入れも実施。馬とのふれあいや乗馬を楽しみに訪れる近所の子どもたち、別荘に来る都心の人などの「常連」もいる。「馬の癒し効果」に注目する粧子さんは、そこからさらに発展させ、「ホースセラピー」を自身の牧場で実現できたらと言う。ホースセラピーは海外では積極的に取り入れられているアニマルセラピー(イギリスでは医学的に公認)で、乗馬や馬の手入れ、観察などを通じて障がい者の心身機能を向上させ社会復帰を早めるリハビリの1つ。
 粧子さんは、既に毎月1回、東京都北区で行われている障がい者乗馬イベントにボランティアとして参加している他、日本障がい者乗馬協会が主催する講習を年1回受けている。
 「馬の感情指数はイルカと同じレベルなんですって」。あたたかい無言のコミュニケーションで社会貢献をという思いは、馬への深い愛情から生まれたにちがいない。

問合せ momosk41101023@gmail.com

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