楽しむことから生まれる、洗練された感性と繊細な技術

楽しむことから生まれる、洗練された感性と繊細な技術
彫金・七宝作家 木下 喜代美さん

 子どもの頃からものを作ることが大好きだったという市原市の木下喜代美さん(68)が彫金を始めたのは20代後半のこと。都内でショーウインドウに飾られていた手作りの銀のアクセサリーが頭に残っていた。「かわいい!でも、こんな繊細で素敵なものを作ることができるのだろうか?」当時はそう思ったという。福岡県から上京し、都内のメンズアパレル会社でファッションショーやポスターを作る仕事に携わっていた折、母ががんを発病。東京と福岡を何度も往復しながら母を支えてきたが2年後に他界。ふさぎこんでいた時に、夫の勧めもあって彫金教室に通い始めたのがきっかけ。そこで出会った恩師とは今も連絡をとり続けている。
 彫金とは、現在は金属、主に銀を削ったりロウ付けしながらジュエリーを創り上げていく技術のこと。木下さん作の指環やペンダントは落ち着いた雰囲気で存在感があるのが特徴だ。また、同教室で七宝も習い、作品を作るように。「七宝は、中国やインド、エジプトのツタンカーメンのマスクにも使われていたように、昔からあるのよね。基本的な作り方は変わっていないんですよ」実際に七宝のブローチを作る過程を少し見せてもらった。純銀箔を焼き付けた銅胎という銅の台の上にリボン線で形を作り、その中に釉薬という色のついたガラス質の粉を入れて炉で焼くのが有線七宝。無線七宝は、絵のように細かく表現するため何度も色をつけては焼くという作業を重ねる。より繊細な質感を出すため、釉薬の粉を乳鉢ですってドロドロにしたものを筆を用いて塗るのは木下さん独自の方法。
 彫金と七宝を40年続けてきた木下さんが新しく取り組んでいるのはボトルの作品。「小さい頃、福岡県の筑豊で過ごしました。戦後間もなくで、綺麗なものなんて何ひとつなかった時代だったから、辺りに落ちているビンのカケラがキラキラ輝いて見えて大好きだった。食卓に出てくる煮魚の目玉さえ、真珠のようだと思ったくらい(笑)。あの頃からガラスが好きだったのでしょうね」と笑顔で話す。
 ボトルの作品は飲んだジュースの空き瓶を利用することも。水中でガラス用のノコギリを使ってひたすらガラスを切る。厚いものだと、それだけで1日くらいかかるそうだ。「ケガはしょっちゅうです。左右で指の太さも明らかに違うしね」カットしたボトルは七宝用の炉で焼く。途中、タイミングを見計らって炉の中で形を作り、また焼いて自然に冷ます。そして出来上がった青や緑、アンティーク風のべっ甲色のボトルに銅の台を合わせる。ボトルの中にランプやろうそくを入れたものもある。もちろん、銅の台、枠の絶妙なフォルムも手作り。「彫金をやっているので、銅の台まで自分で作れるのが強みです」
 さらに、彫金、七宝と並行して、銅の人形などを作る銅工芸も行っている。こちらもやはり手作業で、銅板を万能ばさみでカットし、熱を加えて水につける。軟らかくなったところで、やっとこ等で曲げて形を作り、銅ロウで溶接する。
「作っている過程が一番好きなんです。鉄の溶接作品づくりをしている主人は考えながら作るけれど、私は作りながらどんどん変えていく。ムダも多いし、時間もかかるけれど、それが楽しい。一旦、作り始めたらついついのめりこんでしまいます。織物や染め物も興味はあるけれど、彫金と七宝から離れてしまいそうなので手をつけないようにしています。あ、でも太極拳は10年続けてますよ」
 教室の恩師から言われた言葉が胸に残っている。「作品を売り始めたら、そこで技術が止まるのよ」彫金の作品はほとんど売らずに手元に置いているという。プロフェッショナルな技術とセンスを持ちながら、作ったジュエリーはほとんど販売をしないし、身にもつけない木下さんだが、水・木・金曜日の午後のみオープンしているという市原市内の友人の店『アトリエR』に少しだけ作品を置いている。「ネクラで、いつも犬と籠っているのよ」という言葉とは裏腹に、謙虚でありながら太陽のように明るく、生き生きとした表情の木下さんが作るのは華美ではなく、そばにあると心が癒されるような上質の作品ばかりだ。

問合せ 木下さん 
TEL 0436・43・8215 

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