自身のがん再発防止と恩人の娘さんの病回復を祈願し観音霊場詣り

佐藤君子さん

 霊場巡りが老若男女問わず静かなブームになっているという。市原市に暮らす佐藤君子さん(67)も、秩父三十四ヶ所観音霊場を二巡し、現在は関東各地に点在する坂東三十三ヶ所観音霊場巡りをしており、あと十一ヶ寺で巡り終える。霊場を全て巡ると願いが叶うといわれ、初めて佐藤さんが巡礼を思い立ち秩父の霊場を参拝し始めたのは7年前。還暦を迎え、秩父に住む友人達と厄払いをと考えてのことだった。
 翌年、写真仲間が病に倒れ、その治癒を願い再び秩父の霊場巡りをした。そして、平成21年、がんを告知された佐藤さんは、発症した2年後から抗がん剤を打ちながらがんからの解放と、恩人ともいえる友人の娘さんが病で寝たきり状態になったことを案じ、彼女の回復も願い霊場へと足を運んでいる。
「幼い頃から身体が弱く、小学校に上がるまで、東京の実家から茨城の親戚の家に療養のため預けられていました。大人になってからは自律神経失調症に悩まされましたが、自営業だったので仕事の手伝いをしながら3人の子どもを育て、寝込む暇もありませんでした」と話す佐藤さん。子どもも独立し、これからは大好きな写真に没頭しようと楽しみにしていた矢先、がんを宣告された。現在、日本人の2人に1人ががんになるというが、自分が告知されたら多くの人は何故、私が!?と思うだろう。佐藤さんも「乳がん末期と言われた時には頭の中は真っ白。どうやって家に辿り着いたのか覚えていません。娘と婿さんが黙って私の話を聞き、『大丈夫。私達がついているから』と言ってくれた言葉に涙がとまりませんでした」と当時を思い出し涙ぐむ。手術、25回に及ぶ放射線治療、抗がん剤投与と厳しい闘病生活が続いた。「髪の毛は抜け落ちツルツル頭に。心身共にボロボロになりながらも、自分の好きなフィルム整理など写真に関わることをしている時はつらさを感じることはありませんでした」
 身近な存在だった叔父が日活のカメラマンをしていたため、子どもの頃から写真に興味があった。「女にカメラは持たせないっていう時代だったから、叔父と兄の写真談義にも入れてもらえないし、カメラを触らせてももらえなかった。だから、2人がいない時にこっそりフィルムの入ってないカメラをいじって、見様見真似で操作を研究してました」
 結婚後、初めて自分のカメラを手に入れた時は天にも昇る思いだった。そのカメラは今も大切にしまってある。取引先の移転と共に市原市へ。家業を手伝う傍ら写真撮影家のアシスタントを務め、のちに千葉市で自分の教室を主宰した時期もあったが、今は家業も子どもに譲り、自分の身体の不調を改善しようと40代から始めた温熱療法を仕事にしている。「カメラは私の分身」と言う佐藤さんは「他の人が撮らないものを撮りたい」そんな思いで、被写体を探す。子どもの頃、身体が弱く外遊びする友達をうらやましく思い、家で絵を描いたり本を読む毎日だったという佐藤さん。大人になって自分のカメラを持ってからは、病気に翻弄されながらも、精力的に各地へ撮影にと飛び回る。
「生きているとつらいこともたくさんあります。でも、私には写真があった。写真に夢中になることで、一時逃れとか現実逃避でなく、気持ちがリフレッシュされ、また頑張ろうと思えました」と、これまでを振り返る。昨秋、市原市で所属する写真サークル『辰巳写友会』の作品展が行われ、出品したのは南房総の海岸で撮影した夕景。灯台の上に見えた夕陽が、まるで蝋燭の炎のように見える不思議な構図の作品だ。「坂東三十三ヶ所観音のひとつ、館山市の那古寺にお詣りしたあと、夕陽を撮りに港へ行きシャッターを切りました」と話す。とことん歩いて撮影場所が決まったら、いろいろな角度で見て構図を決める。そして1枚だけシャッターを切るのが彼女の撮影スタイル。「私はその時々の願いや祈りを込めて写真を撮っています。デジカメだと何枚もシャッターを切り、その中からいいと思う物を選ぶことが多いけれど、フィルムは考えに考えて1枚1枚を大切に撮る。それが私は好き。何よりも立体感を出すにはデジカメよりフィルムだと思うし」と、フィルム写真にこだわりを持つ。
 市内にはないからと茂原市のフィルム専門の写真サークル『長生フィルム会』にも所属している。自宅リビングに飾られたヤマユリを撮った作品からは、あの独特の強い香りが匂い立ってくるようだ。今まで数え切れないほど写真コンクールで受賞してきた。「私の作品を見た人が感動してくれたり、写真に込めたメッセージを受け止めてもらえたら嬉しい」と、瞳を輝かせながら話す。
 青少年相談員をしたり、親が心の病にかかった子どもを自宅に引き取り面倒をみたこともある「子ども大好き!」な佐藤さん。他にも叶えたい願いがある。がんになる前に病院で闘病生活を送る子どもたちと一緒に撮影するカメラマン募集の記事を読み、自分もこのカメラマンになりたいと思ったのだ。しかし、それにはフォトマスター検定の1級(筆記試験)が必要だと知り、挑戦するも2級どまり。年に1回の検定試験だから、仕事や家族の都合で受けに行かれない年もあるが、いずれ1級を取って、病気と闘う子どもたちに写真の力で勇気づけ、生きる目標を見出す手助けをしたいと考えている。
「私はがんになった時、毎週電話で励ましてくれたり、お見舞に来てくれた友人がいます。彼女の娘さんが病に倒れたので、その恩返しをと観音霊場巡りをして回復を祈願していますが、他にも家族はもちろん、身体に良いからと自分の畑で収穫した新鮮な野菜を届けてくれる友人、苦しい時や悲しい時、そして嬉しい時にメールのやりとりをして交流を深めた同じがん患者の友人、グラウンドゴルフや写真仲間、菩提寺で一緒にお経や御詠歌を唱える仲間など本当にたくさんの人達に助けられ励まされてきました。だから身体が動く限り、人のためになることをしたい。それが皆への恩返しにもなると思うから。がんになったことで様々な人と出会い、学んだと前向きに考えて生きていきたいですね」と相手を包み込むような笑顔で語った。

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