野球少年についたあだ名は有線

演歌歌手 永島健二朗さん

 昨秋、国分寺公民館主催のミニコンサートにて「温かい人柄でパワーをいただいた」、「聞きやすい声で感動した」と聴衆を魅了したのは演歌歌手永島健二朗さんこと本名永盛健二郎さん(50)。共演者の田才靖子さんとともに昭和の演歌・歌謡曲を歌い上げた。
 小学校2年生のとき、はじめて買ったレコードは『およげ!たいやきくん』。その内容に、「楽しくもあり、虚しくもあり、悲しくなって泣きました。歌は短い時間にこんなに人の心を動かすものだと知りました」と低く心地よい声で話す。
 名古屋市出身。1歳のとき病気で父親を失い、母親と3つ上の兄との3人暮らしだった。歌の好きな母親がいつも殿様キングスやピンカラ兄弟の演歌を聞いていた影響で、中京高校野球部では甲子園を目指していたにもかかわらず、ついたニックネームは「有線」。「ずっと歌っていたからです」。卒業後は野球で一流企業に入社。20歳で肩を壊し野球はあきらめたが、歌のオーディションは受け続けた。
 師匠となる歌手の森進一さんとの出会いは22歳のとき。地方予選を勝ち抜いて東京のNHKホールののど自慢チャンピオン大会に出たときのことだった。ゲスト出演していた森さんに「歌手になりたんです」と打ち明けたという。その後すぐに会社を辞め、何のつてもなく上京し、アルバイト生活をはじめた。「あの時は母を泣かせました」
 その後、NHKの楽屋口で待ち伏せをして森さんに歌を聞いてもらうと、「一人の男の人生を簡単に引き受けることはできない。考えておくよ」と言われた。なかなか返事をもらえず、大阪まで追いかけて行くと、運転手として雇うけれど、デビューは保証できないとの条件で森さんの元で働くことを許された。後に「歌手志願者はたくさん来るけれど、みんな断ってきた。君には心を動かされるものがあった」と採用理由を聞いた。
 森さんに認められたいと一生懸命。寒い日もかじかむ手で車を洗い、ピカピカに磨いて働いた。当時はナビなどなく、都内近郊のテレビ局、コンサート会場やゴルフ場などに行くときは道を間違えないようにと必ず前日の夜に下見し、渋滞になったときのう回ルートも地図に書き込んで、翌朝に備えたそうだ。森さんの近くにいられるというだけでどんなことにも耐えられました」。森さんのレッスンは突然で、車の運転中に歌わされたり、電話口の声を注意されたり。「その声だよ」、「上手な歌ではなく、プロにはいい歌と悪い歌しかない」と言われるだけ。「ここをこう歌えというのではありませんでした。今から思えば、人の心の琴線に触れる声を出しなさいという教えだったのです」
 2年間修行したのち、レコード会社が決まり、山口貴光の芸名で『心はひとつ』という曲を出すことになった。「デビューが決まった時、母は喜んでくれ、友達に自慢したそうです。夢はあきらめなければ叶うのだと実感しました」。しばらくは森さんと一緒にコンサートや新宿コマ劇場などに出演し、一本立ちした。その間、小林幸子さんとデュエットするなどプロの声に触れ、「自分の非力さを知りました」。専門知識がなかったので、舞台に出る前に息を出し、声の響かせ方やお腹の使い方を工夫し、努力し、一人で学んだ。
 結婚して生活のためアパレル関係の仕事に就き、31歳で独立。芸名を永島健二朗と変え、『春告草』、『恋は蜃気楼』、『待たせた分だけ幸せに』と3枚のシングルを出した。妻の両親と一緒に住むため、市川市から市原市ちはら台に越してきたのが35歳。「いろいろな出会いに助けられました。感謝しかないです」。国分寺公民館の職員と知り合い、ボイストレーナーになることを勧められ、ヨークカルチャーセンターの講師にもなった。「自分が体で覚えた声の出し方を伝えたいです」。デビュー当時のファンの厚意で年に2回、日暮里でコンサートも開いている。
 3年前、心の支えだった母親は病気で亡くなった。現在は仕事の間にボイストレーナーと歌手を兼務する忙しい毎日。しかも、3人の男の子の父親。自分の夢を託し、一緒にデュエットしたり、野球を指導したりしているそうだ。「好きなことをやってきたらこうなりました。妻も応援してくれています。ヒット曲には恵まれませんでしたが、家族があり、仕事があって歌に頑張れるのです」とさわやかな笑顔を見せた。

問合せ 永盛さん
kenjiro.2905@softbank.ne.jp

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